ドバ社長のご先祖様・神様に対する想い

家庭の習慣としてのお墓参り
私はお墓参りや仏壇、神棚を大切にしてきました。
その背景は、もともと家庭でそうした習慣が続いてきたためです。
それは特別な宗教活動というより、家として当然やっておくべきこと、という感覚に近いです。
仏壇や神棚をきちんと祀ること、お墓を掃除すること、線香や鐘などをきちんと整えることなどは、家庭の習慣として身近なことでした。
私のおせっかいな性格から、他人の家の仏壇やお墓を見ても細かいところが気になってしまうんです。
「なぜそこをきちんとしないのだろう」と。
こうした細かな手入れも含めて、「ご先祖様を大切にする」ということだと考えてます。
お墓は「ご先祖様を知るための情報」
最近は墓じまいをするご家庭も増えてきました。
私は墓じまいについては、どちらかというと反対です。
「管理が大変だから」「子どもに迷惑をかけたくないから」という理由だけでお墓をなくしてしまうのはもったいないと感じてしまいます。
その理由は、お墓には家族やご先祖様のルーツが残っているからです。
現存している戸籍謄本では自分から7代程度しか遡れず、それ以前のつながりを知る手がかりとして、お墓や墓地が重要になってきます。
実際に私がご先祖様のお墓を探したところ、思いがけず親戚のお墓が見つかったという経験もありました。
皆様も、身近な友人が実は遠い親戚だったということもありえるかもしれません。
「見える・見えない」ではなく、自分がどう感じるか
神様についても、盲目的に信じているわけではありません。
龍神などについて「見える」という人がいても、私自身には何も見えていません。
しかし、龍神にまつわる場所や神社、高野山、天川神社などを訪れると、なぜか気持ちが落ち着いたり、気持ちが整ったりします。
神様が本当に見えるかどうかということよりも、「その場所に行くことで自分自身がどうなるのか」が大切なのだと感じてます。
私の知り合いで神様が見える占い師もいたりしますが、占い師だから付き合っているのではなく、一人の人間として好きだから付き合っています。
占いで「ドバさんの未来が見える」と言われても、後から冷静に考えると辻褄が合わないこともありますしね。
神様や占いは好きですが、最終的には自分自身で考え、自分が納得できるものを大切にしています。
「ルーツ」を辿ることが好き
神様と切っても切り離せないものが神社ですが、私は単なるパワースポットで終わらせたくはありません。
私は諏訪大社、江ノ島の神社、高野山、天川神社、龍神にゆかりのある場所などによく行きます。
それは、そこにある歴史・伝承・土地のルーツを辿ることが面白いからです。
「龍」という名前がつく場所や、地域に昔から伝わっている神様などについて調べ、「なぜここにこういうものがあるのか?」を辿っていく。
ご先祖様を調べることと同じように、自分がまだ知らないことを知れたり、驚くような発見があります。
まだまだ道半ば
私もまだご先祖様のルーツを辿っている最中です。
神社や神様のルーツもまだまだ知らないことがたくさんあります。
もし皆様が知っている歴史・伝承・土地などのルーツがあったら、ぜひ教えてくださいね。
